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 陸上競技のトラックは、必ず左回り(反時計回り)である。百年ほど前までは右回りの競技も行われていたが、一九一三年、国際陸上競技連盟によって左回りに統一された。
 以来、陸上のみならず、ほとんどの競技が左回りで行われている。スピードスケートも左回り。競輪も競艇も左回り。野球のダイヤモンドも左回りだ。

 多くの人間が左回りを好むことは、間違いない事実である。真っ暗闇で人間は、左へ左へとフラフラ移動するという。逃走犯の大半が、街中を左回りに逃げ回るそうだ。こうした習性を活かし、迷路は左に曲がると迷うように設計される。だが、なぜ人間が左に曲がりたがるのか、その確たる理由を、まだ誰も知らないのだ!

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 説はいろいろある。

① 左足が軸足、右足が振り上げ足であるひとが多く、この場合は左方向に回りやすいから。
② 利き手である右手を外側にして回ると、バランスをとりやすいから。
③ 体の左側にある心臓を守るため、本能的に体の右側を前に出すから。
④ 重い肝臓が体の右側にあるため、本能的に左側に体を傾けてバランスをとろうとするから。
⑤ 地球の自転によるコリオリの力(北半球では進行方向に向かって右側に働く)に逆らおうとするから。
⑥ 学校の授業などで左に回ることが多いため、慣習的に身についているから。
⑦ 進化の過程で偶然そうなっただけで、理由はない。

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 まず、コリオリの力は日常生活では無視できるほど小さいので、⑤は信憑性に乏しい。⑥の慣習説は、就学前の幼児も左に回りたがるという実験結果と矛盾する。②の利き手説は、左利きのひとも左回りを好むという多くの実験結果と矛盾している。

 直接的な理由は、やはり①だろう。約九割の人間が、左足を軸足とし、右足でボールを蹴り上げるほうが得意。自転車には、左側から右足を振り上げて乗る。大半のフィギュアスケーターが、左足を軸にジャンプする。左足を軸足とすると、蹴り上げ足である右足を外側にして回る左回りが走りやすい。ただ、左足を軸足にする人間が多い、そもそもの理由が不明であり、③や④や⑦かも知れない。

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 ところで、面白いことに、カーレースは事情が違う。たとえばF1のサーキットは、逆に右回りが多いのだ。特に欧州ではほとんどのサーキットが右回りで、左回りはサンマリノGPが行われるイモラサーキットくらいだ。
 F1で右回りが多い理由にも、諸説ある。「昔はシフトレバーが右側にあり、右にハンドルを倒し易かったから」だとか、「最初にカーレースに使用した競馬場が、たまたま右回りのコースだったから」などと言われている。

 さらに興味深いことに、オーバル(楕円形)コースが主流の米国のモータースポーツでは、F1とは逆に、ほぼ全てのオーバルコースが左回りである。
 その理由は、遠心力が右向きにかかる左回りのほうが、右足でアクセルを踏みやすいからだという。しかし、最初に使った競馬場が左回りだったから、という説も、やっぱりある。

 お気づきのとおり、競馬場は左回りと右回りの両方がある。ダービーが行われる東京競馬場は左回りで、有馬記念の中山競馬場は右回りだ。サラブレットが左右どちらにも回る理由は、その美しい馬体のバランスを保つためとされる。

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 回る方向だけではない。野球の塁間距離も、今の約二七メートルに決まった理由や経緯が、実は全く不明なのである。アスリートが最も熱い闘いを見せる劇場のデザインは、人類の特性に基づいて、長い歴史のなかで絶妙に設計されてきたのかも知れない。

(この記事は「逓信協会雑誌」2010年12月号に掲載されたものです)
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