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 ロンドン五輪のマラソン日本代表は、男女ともに三人。これを決める選考レースは、男女とも四レースある。男子は、昨年八月の世界選手権、十二月の福岡国際、今年二月二十六日の東京マラソン、そして三月四日のびわ湖毎日。女子は、同じく世界選手権に加え、昨年十一月の横浜国際女子、今年一月の大阪国際女子、そして三月十一日の名古屋ウィメンズマラソン(旧称・名古屋国際女子マラソン)である。

 ご承知のとおり、こうして複数レースの成績を総合的に勘案する代表選考は、毎回モメにモメる。特に、国内に実力者が多い女子は、代表選手が混乱なく決まるほうが珍しい。
 九二年バルセロナ五輪の代表選考は、残っていた二枚の切符を、別々の選考レースで結果を出した小鴨由水、有森裕子、松野明美が横一線で争うこととなってしまい、松野が記者会見で「選んでください」と嘆願するという迷場面まで生んだ(結果は松野が落選)。
 〇四年アテネ五輪では、人気・実力ともにナンバーワンだった高橋尚子が選考レースでわずかに振るわず、「それでも高橋を選ぶべきか否か」で世論が真っ二つに割れた(結果は高橋が落選、代表となった選手の所属企業には脅迫電話が殺到したという)。
 そして今回も、人気や注目度が高い川内優輝が、福岡国際で日本人一位になったもののタイムが振るわなかったこと等から選に漏れ、一部からは疑問の声も上がっている。

 こうした騒動が繰り返されるたび、「マラソンの代表は、一発勝負の選考レースの順位で、公平公正に決めるべきだ」という意見を耳にする。しかし私は、マラソン五輪代表を一発勝負で決めるべきだという意見には、断固反対だ。


 
 マラソンは、肉体の限界を競う極めて特殊でデリケートな競技である。気象条件やコースの特徴によって、タイムや勝敗が不可抗力的に左右される。風向きによって結果が大きく変わるスキージャンプのようなものだ。そんな競技で、短距離走のような一発選考が最善だとは、とても思えない。
 それに、代表選考レースを一本にすると、様々な弊害が発生する。

 まず、収益面だ。日本陸上連盟は、数ある国内レースの放映権料や広告料に収益を頼っている。選考レースが一本だけになると、有力選手がこの一本のレースに集中し、他の大会が全く注目されなくなってしまう。もちろん収入はガタ落ちだ。選手が所属する企業も、多くの大会で選手を露出させることで広告効果を狙っている。露出機会が減れば、企業が陸上から撤退することだって起こり得る。そうなれば大打撃を受けるのは、ほかでもない選手自身だ。

 また、一発勝負の選考レースでは、タイムは関係なく順位だけが争点になる。特に日本には、実力が拮抗した有力選手が多数存在するため、選考レースでは序盤から選手達が牽制し合い、遅い展開になるのは必至だ。事実、有力選手が多数殺到したアテネ五輪直前の最終選考レース・大阪国際女子マラソンは、極端なスローペースになった。これでは、速いペースの展開にも対応できる選手を、適切に選考できない。何より、ペースが遅くなれば、マラソン経験の少ない一発屋がフロック勝ちして代表に選ばれてしまう可能性が跳ね上がってしまう。



 マラソンの代表選考が混乱するのは、一発勝負でないからではない。選考が曖昧だからだ。たとえば、幾つかの主要レースに順位ポイントやタイムポイントを設定し、最近二年間の獲得ポイントの多い順に代表を選考すれば、レースの数を減らさずに公正に選考できる。もちろん、レース数が多ければ有利になってしまうことを補正する何らかの工夫が必要となるが、このような基準で代表を選考している競技もあるので、参考にできよう。
 あるいは、三つの枠のうち一人だけは一発選考で決める、といった折衷案も、多少は状況を改善するかも知れない。

 一発勝負でマラソン代表を決める米国を見習え、という向きも多い。だが米国では、人種差別が選考に表れてしまうことを防ぐため一発勝負にせざるを得ないという、特殊な事情がある。そして何より、五輪で実際に結果を残してきたのは、代表選考が一発勝負ではない日本やアフリカ勢である。一発勝負ではなく複数のレースで選考するというスキーム自体は、ことマラソンに関しては、決して悪くないのである。


(この記事は、「逓信協会雑誌」2012年2月号に掲載されたものに補筆したものです)
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